DNA鑑定 犯罪捜査から新種発見、日本人の起源まで
どんな本か
DNA鑑定は万能なのか?DNA鑑定とはDNAをどのように見て鑑定するか等、
DNA鑑定の解説書。
なぜ読んだか
最近ワクチンやウイルスの本を読んでいてDNAやRNAに興味が出てきたので読んだ。
昔読んだ本にDNA鑑定が現れた初期の方では冤罪もあったとあったのでDNA鑑定はどこまで信頼できるのか知りたかったのも理由
内容
-- 第一章 DNA鑑定「前夜」--
・DNAとはなにか?
DNAとは「核酸」のことで、「糖」「塩基」「リン酸」から構成されている。
「ヌクレオチド」とは上記三つ組の最小単位のことで、
リン酸を介してヌクレオチドが別のヌクレオチドとつながりDNAの一本鎖部分ができる。
もう一つの鎖と塩基(A,G,T,C)と塩基が結びついて二本鎖となり、DNAが出来上がる。
・DNA鑑定以前の判定方法
血液型による判定->電気泳動法->免疫グロブリン->HLAの順に精度が上がっていった。
特にHLAによる判定で飛躍的に精度が高まった。
簡単に説明すると、
血液型ではABO式といって赤血球を使っての判定なため、どうしても型の範囲が小さく精度が粗すぎた。
HLAはヒト白血球抗原の略で、白血球の血液型みたいなものを使う。
HLAの遺伝子の組み合わせは数万通りともいわれてこれには白血球の自己と非自己を区別する能力のために組み合わせが多くなっている。
・DNA鑑定以前の問題点
さて、HLAを使った方法で制度は親子鑑定でいえばほぼ100%になったが、何が問題なのだろうか。
1. HLAでは新鮮な2ml程度の血液が必要
2. 時間が一週間ほどかかり、また値段もかかる
・DNA鑑定ではどうなのか
DNAを「制限酵素」と呼ばれるパターンを認識して特定の塩基配列のみを切断する酵素で切断する。
その人その人でDNAの塩基配列のパターンは固有なため、
分離したDNAを特殊な試薬で染色すると、その人に特有なバンド(模様みたいなもの)がでる。
ただ、この方法は大量のDNAが必要だったり、得られるバンドの濃さがまちまちということであまり歓迎されなかった。
この問題を解決したのがPCR法で、現在では多くの人が聞きなれている方法
簡単に言えばDNAの増殖をする方法で、これで大量のDNAが必要問題は解決。
バンド問題については言及されていなかったが、大量にDNAを作ることで量で正確性を上げたということだろうか?
PCR法は法医学教室だけでなく、民間会社でできることもあり、費用も時間もかからなくなった。
なので、以上の点で、正確性を犠牲にせず、費用と時間を抑えられたのでDNA鑑定の方が有用ということだろう。
-- 第二章 なさねばならぬDNA鑑定 --
・DNAの採取しやすさの話
体のどこから最初するのがよいか、傷んでいるとDNAが残っていなかったりする
なので場合によっては50年前よりも一万年前の方が鑑定しやすいという例もある
口腔内細胞が採取しやすいが、大体どこからでも採取できる。
白骨化している場合は、歯が比較的良い採取先
・DNAの保存性について
亡くなってしまった後は、微生物が少なければ少ないほどDNAの保存性がよい。
細胞死の後は細胞の持つDNA分解酵素のほか、微生物によっても分解される。
また酸性条件化でない方が良い。
何故なら酸性条件下ではDNAは物理的に分解されやすいからである。
・DNAの種類と鑑定につかうDNAの部分
大きく分けて二つあり、
細胞の核の中にある「核DNA」
もう一つは同じく細胞内だが核の外、ミトコンドリアの中にある「ミトコンドリアDNA」
さらに、核DNAは常染色体(男女差なし)と性染色体(男ならXY、女ならXX)にDNAに分けられる
鑑定においてミトコンドリアDNAの優秀なところは子には母親のものしか受け継がれないということ
なのでミトコンドリアDNAを調べれば兄弟が共通の母親を持つかを鑑定できる
主に親子、親族鑑定で有用なのはY染色体、およびミトコンドリアDNA
Y染色体とミトコンドリアDNAが便利なのはそれぞれ父由来と母由来なので、精度をたもったまま父と母がいなかったとしても親族の力を借りて、鑑定ができる
鑑定制度だけど、別人と被る確率が、
ミトコンドリアDNAの鑑定で1/100、
Y染色体で 1/1000
なので二つの検査をすれば10万分の1くらいの精度で鑑定できる
やっぱりDNAの一部を判定するだけでは、他の人のDNAと被るので多重に判定して精度を高めているみたい
-- 三章 少しだけ学ぶDNA鑑定の原理 --
今までの章では結構ふわふわとしたままDNA鑑定の活用法だけが語られていたが、本章で"少しだけ"原理を学ぶ
本書の説明もそうだが、下記サイトがDNA、染色体、遺伝子について良く整理されていたので参考
ミトコンドリアDNAについては下記が詳しい。
核DNAと違って、
・環状になっていること
・より変異しやすいこと
が特徴。
同じ生物種の中での違いを「多型」という。
DNA判定はこの違いを利用して行われる。
・変異の種類
DNA全般の三種類
1.塩基の置換による多型(SNP)
AGT "A" C
↓
AGT "G" C
みたいに置換されている多型
2.繰り返しの回数(STR)
/TCTA/TCTAみたいに繰り返している部位、これをSTRという。
この繰り返しの数が変異する。
あらかじめ有用な繰り返し部位が定められているので詳しくは本書で(16種類あって、TCTAもその一つ)
性別判定を除いて、この15種類が日本人の二人で一致する確率は1/10^17(10京分の1)
ただ、血縁関係や縁者関係が濃いところで二人を限定するともっと確率は上がる。
3.塩基の挿入、欠失(インデル多型)
AGT A C
↓ (挿入)
AGT A "GAT" C
上記みたいに変異する。
・ハプログループについての話
ハプログループとは?
DNAの一部分でなくDNAの塩基配列全体を一つのタイプとしてみること。
ミトコンドリアDNAはDNA全体が母親からそっくりそのまま受け継がれ、
Y染色体はY染色体全体が父親からそっくりそのまま受け継がれるので、
それぞれ一つのハプログループとしてみることができる。
ハプログループの分類は各ハプログループに特有なSNPによってなされている
-ミトコンドリアのハプログループ(母系)-
詳しくは本書を見てもらいたい。
A~Zタイプに割り振られていて、イブと呼ばれる女性からアフリカン、モンゴロイド、コーカソイド...と分類されている
-Y染色体のハプログループ(父系)-
これも詳しくは本書で。
A~Tに割り振られていて、アダムと呼ばれる男性からアフリカ、日本、インド..に分岐していく。
ミトコンドリア、Y染色体のハプログループともに地域ごとに特徴的な分布を持つので自分がどこどこの地域出身とかがわかる。
-- 第四章 世にDNA鑑定の種は尽くまじ --
四章はちょっと脱線した話。
僕が本書を読んだ目的とはずれているので、参考程度に挙げておく。
・詐欺事件をDNA鑑定の力で解決
・果物の窃盗犯?をDNA鑑定の力で特定
・骨からわかる多彩な情報
・便のDNA検査で人の行動が割り出せる?
・死体に群がる動物をDNA検査で特定し、その動物から死体の古さを割り出す
・絵画のDNA鑑定
・水等の環境由来のDNAを利用して犯人を特定
-- 第五章 DNA鑑定が明かす日本人の起源 --
-日本人の起源についての話-
ここも自分の主目的ではないので大幅カット
縄文人はどこから来たのか?という話がされている。
ミトコンドリアDNAのハプログループによって人種を分類して、考察をしていた。
時間をかけて縄文人に独特のハプログループ「M7a,N9b」ができる ->
中国から ハプログループ「D4」の人種がやって来て弥生人となる ->
稲作がはやらなかった北方や沖縄では 縄文人のみだったので今でも「M7a,N9b」が濃い
・縄文SNPの話
縄文人に特有のSNP(塩基の置換による多型)があり、
このSNPを持っている地方を調べたところ、まず海外にはそれほどみられない
日本内では沖縄や岩手では結構もっている(日本の内側については言及されていなかった、日本全体で持っているということで良さそう?)
・死後DNAは信頼に足るか
こちらは主目的なのでもう少ししっかりとみていく。
死後DNAは分解ではなく、変性してしまったきりで修復がされない。
例えば、CがUにかわったり,Tに変わったりといった具合になってしまう。
本来生きていれば修復され元に戻るのだが、死んでしまっては変性したきりとなる。
なので、死後長時間をかけて、紫外線にさらされて変性が起こってしまっている場合などは、DNA修復キットを使う。
ただ修復キットでは治せない変性も存在するので100%信頼に足るものとは言えないのが現状。
上記より一般的には環境的に保存状態が良い等の理由がない限り、古ければ古いほどDNAは信頼できなくなってくる。
古い人骨が出土して、解析結果を調べる際も、
状態が悪くとれる遺伝子は全体から見てごくわずかな部分だけだったり、
現代人のDNAがくしゃみなどいろいろな理由で骨に付着してしまってDNA汚染が起きたりと信頼性には疑問が残るようだ。
PCR試薬等、検査キット由来でのDNA汚染もあるようなので細心の注意を払っても足りないくらいなのだとか。
なお現代人のDNAを鑑定するときは汚染が起きても、現代人のDNAであればとれるDNAの量は多いので汚染がさほど問題にはならないのでそこは一安心
-- 第六章 DNA進化で迫る進化の謎 --
この章も主目的ではないので軽く。
この章で検体の保存状態によってはDNA鑑定は信頼に足らない場合も多々あると念押し更ている。
現在生物の分類は分子系統樹でされているが不足があり、分類が正確にされていない。
そのおかげというべき?かDNA鑑定でエビの新種が見つかった話
食品偽装や産地偽装が問題だがDNA鑑定で暴く話など...
一点面白かった話があるのでメモ、遺伝子組み換えやゲノム編集技術で鋼鉄よりも強く軽い糸を微生物やカイコに作らせているそうだ。
遺伝子組み換えの場合は組み換えに使用したベクター(運び屋)の情報がわかれば遺伝子組み換えかどうか判別できる。
ゲノム編集の場合はどうなのだろうか...
-- 第七章 犯罪捜査とDNA鑑定 --
本章は一番知りたかった犯罪捜査の章。
・科捜研について
犯罪捜査におけるDNA鑑定を行っているのは科捜研
各都道府県の警察の付属機関。
似た名前に科警研があるが、これは警視庁の付属機関、つまり東京のみにある。
科警研は科捜研の上位となっている。
・DNA鑑定が引き起こした悲劇、足利事件
足利事件の時はDNA鑑定が実用化されて間もないころだった。
菅家利和さんという方が冤罪をかけられてしまった事件。
--MCT118法について
MCT118法と呼ばれる方法、STR法と同じく繰り返しに注目する方法だが、
MCT118と呼ばれる座位の繰り返ししか注目しない。
両親から一本ずつ染色体を受け取ることを考えると、個人は二通りの繰り返し方法しか持たないことになる。
たとえば片方が20回繰り返し、片方が30回繰り返しなら20-30型みたいに分類される。
この繰り返し数の長さを図る方法は、
染色試験で現れるバンドを塩基ラダーで測る
--
MCT118法で菅家さんと犯人のDNA型がいずれも16-26型であった。この時使われた塩基ラダーは123の塩基数からなる123塩基ラダー
そして逮捕され18年も刑務所にいる事態が起こってしまった。
--問題点
1.MCT118法の信頼性
2.MCT118法と123塩基ラダーのミスマッチ(別の塩基ラダーで測る必要があった)
3.電気泳動の手技が未熟だった
4.バンドパターンの判読の誤り
以上が問題点であるが、問題点の大部分が導入されて間もない技術だったが故のミスに思える。
さて、時代が進んだ今、上記のような誤りは減ってきたにしろ、
冤罪が起こる可能性はないのだろうか?それを以下で見ていく。
・現代のDNA鑑定
科捜研が行うDNA鑑定はSTRのみ。
他の鑑定方法(ミトコンドリアDNAを使ったもの等)は特許の関係もあって行うことができない。
STRのメリットとデメリットは下記
メリット
三章でも述べたようにタイプが16種類もあり、個人識別能力に優れる。
デメリット
状態の良くないDNAに対しては無力
-DNA汚染、混合DNAに注意
PCR試薬や検査する人間由来のDNA汚染、だったり、
犯罪現場から得られたDNAが複数人のDNAが混在しているものだったりがある。
DNA汚染は細心の注意をもって防ぐしかないが、
混合DNAはSTRによる鑑定では無力である。
理由としてSTRは各染色体上に散らばって存在しているのであるSTRと他のSTRのつながりを確かめる方法が全く存在しない。
ミトコンドリアDNAであれば環状で、散らばって存在ということがないため、複数人を比較的容易に見分けられる。
--
上記のような検査方法の限定やDNA汚染、混合のような問題が今でも残っている。
技術的な問題というよりは単に法制度等の問題で、最善を尽くしていないように見受けられるのが残念でならない。
感想
244ページとそこまで長くはない本だったが、得られる情報量が多く良い本だった。
とくにDNA鑑定の実際を語ってから、その原理に少し踏み込んで説明し、
また実際に戻るというスタイルが奏功して最初でつまずかず、また上澄みを撫でただけで終わらない良書になっていると感じた。
また人に限らず、動物だったり過去に何があったかの大まかな推理まで幅広いレンジのことがDNA鑑定でわかることを知れたのは収穫。
次、DNA絡みの本だったらゲノム編集の本を読もうと思う。
もしくは進化心理学につながる話題がたくさんあったので、そっちに行っても面白いかもしれない。